授業のこぼれ話 #3 「チャーシュー抜き」か「チャーシューなし」か、それが問題だ
2022.06.10
これはもう、3年以上前の話になる。
当時は依頼を受け、当校の教員が市内の大学に講師として出向き、日本語能力試験対策の授業を担当していた。
私もその一人であり、その学期はN1レベルのクラスを受け持つことになった。
クラスには国籍も学部も学年も異なる、日本語学校とはまた違う意味で多様な学生たちがいた。
ある日の授業後、日本語を含め6ヶ国語が使えるというブラジル人の学生がおもむろに近寄ってきた。
どうしたのかと尋ねると、質問したいことがあるのだという。
聞くとそれは、ちょうどその日に扱った文型「~抜きに」についてのものだった。
ベジタリアン(?)の彼が、ある日らーめん屋で「○○らーめん、チャーシュー抜きで」と注文。
すると店員は「はい、○○らーめんのチャーシューなしですね!」と返した、というのだ。
それで、自分の「~抜きで」の使い方が間違っているのではないかと心配になってしまったのだそうだ。
私はとっさに「間違ってないよ。その店ではそういう言い方なんじゃないの?」という旨、軽く回答した。
その日はそれで終わったものの、この問題についてどうも引っかかってしまい、数日これについて考え続けた。
そしてある日、入浴中にふとその答え(らしきもの)が頭に浮かんできたのである。
「~抜きで」というのは、本来その物事の中に含まれているものが欠落あるいは除去されることを表す。
「毛が抜ける」や、寿司の「サビ抜き」、トランプの「ババ抜き」などがそのわかりやすい例に当たるだろう。
でもらーめんのチャーシューは、上述の「毛」や「ワサビ」や「ババ」とは、ちょっと勝手が違う。
特に作り手である店員の立場からすれば、チャーシューは、丼にスープと麺を入れた後その上にのせるもの。
だからチャーシューは、らーめんの中の必須要素ではなく、その量あるいは有無が調整可能なものなのだ。
(そもそもチャーシューを使用しないらーめんもたくさん存在する)
ゆえに「―・抜きで」は、特に作り手側からすれば馴染まず「―・なしで」に言い換えられたのではないか。
と、次の週の授業でその学生に(もう少し噛み砕いて)説明。
本当に正しいかどうかはわからないが、一応学生も自分自身も納得はできた。
学生時代の中華レストランでのバイト経験が、思いもよらぬ形で生かされた?出来事であった。
(瀬戸)